![](../../img/top-01.png)
![]() |
◆結婚三十周年はスイートパール! 岡本 千春
「おい、これ郵便局に持って行ってどのぐらいになっとうか教えてもらってみてくれ」
そう言うと主人は私に缶ビールの空き缶を三十缶ほども渡しました。
自分が飲んだ缶ビールの空き缶を私にくれる何て何よと思いながらも空き缶を持ってみるとこれがやけにずしりと重いのです。
中身は何?と重いながら飲み口から中を見てみると何やら銀色に光る物体が。
訝しげな顔をする私に主人は、
「こんだけ貯めるんえらい苦労したんだぞ」
と少し眉間に皺を寄せながら言いました。
「貯める」の言葉にある種の期待を抱きながらとりあえず新聞紙を敷くと空き缶を逆さにし、中に入っている物を全部出してみました。
じゃらじゃらという音と共に絶え間なく流れ続ける瀧のようにして銀色や黄土色に輝く小銭が空き缶の口から次々に飛び出して行きます。大方新聞紙一枚分の活字を隠してしまうほど出し切ったところで缶は空になりました。新聞紙の上に見事に小銭で積み上げられた小山が一つできたのです。
こんなにも…私にとっては意外でした。
どちらかというと大雑把で面倒くさがりやの主人にとって小銭をちまちま貯めるなどという芸当は性格的にもできないはずなのです。
その主人がこんな小さなお金をこれほどまでに空き缶に詰め込んでいたなんて。
私が驚きを持った目を主人に向けると主人はバツの悪そうな顔をしながらも一言、
「結婚十年やないか」
十年目!あぁそうかもうそんなに経つのかと驚きながらも十年経つからそれが何?という顔を向けると。
「誰が考えたか知らんけどスイートテンとか言う奴やろうが俺達」
アーそっかと私も言われてみて初めて私達が結婚十年目でいわゆる巷で言われているスイートテンなるものであることを再認識したのでした。
「これでどんだけの物が買えるかわからんけどとりあえず計算してもろてみてくれ」
結婚十年目を迎えた、という感慨もさりながらスイートテンという甘い響きが心地良さをもたらし、私はルンルン気分で郵便局へ出向き計算してもらいました。するとこれが結構な金額になっていたのです。
小さなお金といえども馬鹿にはできないことを実感し、主人にその金額を伝えると、
「そんなにあったのか!」
と同じように驚いていました。
さっそくお目当てのスイートテンを買うことになったのですが、CM等ではダイヤモンドらしいのですが、なぜか私は真珠が欲しくなってパールリングにしました。
「ダイヤやないんか」
不思議そうな顔をする主人に、
「私達にとっての思い出のジュエリーは真珠やからスイートパールにしたのよ」
というと主人もあっ!と思い出したようにほんの少し頬を赤らめました。
思えば私達の結びの神は真珠なのです。
お見合いで結婚を決めあぐねていた私に、主人は真珠のブローチを携えプロポーズしてくれました。思い迷う私は真珠に後押しをされる感じで結婚に踏み切ったのでした。
結婚の始まりが真珠なのを思えばこれから二十年三十年と月日を重ねて行くであろう、その時々に真珠を手にすることで夫婦の軌跡も積み上げられていくようで。真珠以外は目に入らなかったのです。
赤の他人が夫婦となり家族となって一緒に人生を歩んでいく、それだけでもすごいことなのに、そこにいつも私達を見守っていてくれる真珠があるなんて本当にすばらしいことだと思いました。願わくば三十年、本当の真珠婚式のときには夫婦共々元気で真珠と一緒に迎えられたらと思う私に主人は、
「ほんなら俺は永久に小銭貯金していかないけんやないか」
困ったような顔をしました。主人には引き続きの小銭貯金をお願いし、二十年後の真珠婚式のときには私も真珠の似合う女でいられるよう努力しよう、そう心に誓ったのでした。
そんな誓いをした日から五年経ち、気がつけば今年で真珠婚式まで後十五年となりました。
甘党の主人はあまりアルコールは飲まず嗜む程度ですが、それでも暑い夏が続くと、さすがにお風呂上りにはビールを飲みます。
一缶ずつでも空き缶が増えていくのを見ると思わずにんまりしてしまう私。
「缶ビール安売りしているけど、買っとく?」
「うんそうやなあ……」思案顔をする主人に、「安かったから買っといたよ」
主人には無理でも缶ビールを飲んでもらい空き缶を増やし、それが十五年後また真珠へと変わるように。今から密かな思いを抱きビールを買い続けます。そして晴れて真珠婚式を迎えたそのときには特大のスイートパール、期待してますから、どうかよろしく、あなた。
(「パール・エッセイ集」の作品より)