◆びっくりプレゼント 尾澤敦子
「おめでとう」
その日の朝、息子が突然、そう言って私に一枚の紙を差し出しました。
「ありがとう」
とりあえず、お礼を言うと、私はじーっとその紙を見つめました。
大きな丸が書いてあって、一番下に妙な動物がついています。イヌ?タヌキ?それともネコかな?とにかく、謎の物体です。
(これは一体なんだろう?)
私は朝食を作りながら、ずっと考えました。直接、息子に聞けば良いのですが、もっと考えてみたい気もします。
それに、五歳の彼が一生懸命に書いた『贈り物』が、何だかわからないなんて言うのもちょっと気がひけます。
こんな親の心配(?)をよそに、彼はトーストをおいしそうに食べ始めました。
「うれちい?」
突然、息子が私に話しかけてきました。彼はまだ、サシスセソが上手に発音できません。つまり、「嬉しい?」と私に聞いた訳です。
「うん、嬉しいよ」
「いちばん、ほちいものだもんね」
ああ、大きなヒントです。彼は私の一番欲しいものをくれたつもりです。そう、今日は私の誕生日でした。
(確か、おとといくらい、私にそんなことを質問してきたっけ。「いちばん、ほちいものはなあに?」てな具合で…)
私は、記憶の糸をたどってみました。夕飯の支度をしているとき、多分「真珠のネックレスが欲しいわ」と言ったはずです。
(えっ、これが真珠のネックレス?)
もう一度、よーく見てみました。
どう見ても、土俵の外に立っている謎の動物という感じです。とても、真珠のネックレスには見えません。
(大体、この子は真珠なんて知っているのかしら?)
新たな疑問がわいてきました。優しい声で息子に聞いてみます。
「ねぇ、真珠のネックレスをくれたのね?」
「うん」
「真珠って、知ってるの?」
「うん、パパからおちえてもらった」
息子は、牛乳をコップ一杯飲むと、テレビを見始めました。
(夫は真珠をどう説明したのかしら?これはどう見ても動物らしいが…)
息子を傷つけないように、そーっと洗面所で歯磨きしている夫の横へ行きました。
「ねぇ、優貴から、おとといか昨日、なにか質問されなかった?」
夫はキョトンとした顔をしていましたが、しばらくすると何か思い出したように急に笑い出しました。
「ああ、『真珠のネックレス』だったのか。僕は『鎮守のネックレス』って言っているのかと思って…」
夫は、歯磨き粉で真っ白になった口をカパカパさせて笑っています。
「『鎮守ってなあに?』って聞くから、神社に連れて行ったんだ。これ、狛戌だよ。すごいなあ。これは、笑える」
夫は、もう一年分くらい笑っています。
ああ、息子は私に『鎮守のネックレス』をくれたのでした。それにしても不思議な存在を考え出したものです。
と、思った時、私の頭の奥からイヤーな過去がズンズンとしゃしゃり出てきました。
あれは、十年前。まだ、私達夫婦が婚約中のことでした。夫から誕生日のプレゼントはなにがいいか、と聞かれたのです。
「カメオのペンダントなんて素敵」
私は目をハートにしながら、そう答えました。そして、私の誕生日。
夫のプレゼントに私は、腰を抜かしそうになったのです。
原宿のティーンエージャー向けのビルにある、ユニークなアクセサリー店。そこでやっと見つけたという私へのプレゼントはなんと…
『おかめのブローチ』だったのです。
『ひょっとこ』や『般若』と一緒にブローチやイヤリングになって、ディスプレイしてあったんですって。
(蛙の子は蛙、ですね)
家族を送り出し、ひとりになって考えると、ちょっぴり情けない気もします。でも、私の想像をはるかに超えるプレゼント。この先、何が出るか楽しみな気もするのでした。
(「パール・エッセイ集Vol.3」の作品より)